*****今日の内容は一般的ではありません。
文芸をする人や、こころの矛盾を考える人なら分かると思います。
被災地の方や、ほんわりを好む方は危険なので読まないでください。*****
土曜日はむらさき短歌会の勉強会だった。
1分の黙祷をささげてから、会ははじまった。
共に祈るときに、その思いは綱のようにからまりあい
強くなる気がする。
地震や放射線の歌が多かった。
TVでその話をずっとみているとどんどん救いがなくなるが
歌会でいろいろな発言をきいて刺激を受けると
小さくとも精神的なすがすがしさが生まれる。
目をひいたのは
エトロフが津波警報で縁取られ領土を確認している
という内容で、人とは違う冷静な視点に、はっとする。
詩は非日常だ。この出来事にのまれていては
作者も読者も、日常のあくたを振り払うことはできない。
非情になって歌うか、情におぼれ死ぬごとく歌うか
ふたつにひとつしかなく
そんなことを思い、批評をするうちに
詩こそ自粛すべきと非難の対象となるべきで
狂人とならねば扱いかね、また自在にできない遊びだとも感じた。
だけど、いちどはじまった脳内シャッフルはとまらず
さまざまな発想をした。
まずCMの「あなたはひとりではありません」に
ひとりを深く感じてしまう人がいるだろうことは
簡単に想像できる。
みんなとつながっていて、その痛みを本当に感じているなら
だまって倒れるべきなのだ。
使えものにならなくなる人、それがきっと一番やさしい人だ。
あの大きな災害、まるで100パーセントが受難をうけている
ように報道されるなか、0.01パーセントの
しずかに喜んでいるものはいないだろうか?
まずは動物
・海に帰れた水槽のカメ
・人に食べられるしかなかった養殖の貝
・虐待をうけていた猫
つぎに人間
何万人が死んでも、自分が放たれた喜びや
避難所で不自由しても身一つになってはればれしている人もいるだろう。
・DVをうけていた妻
・子供を捨てたかった親
・殺そうとしていた人がいなくなった人
・見つかってはならないものが流れた人
・「津波よ、襲って~!」って駆け出していったうつ病の人
TVでの見学者でも同様。
戦争を見るとワクワクする人がいるくらいだから
スリリングを感じていた人もいるはずだ。
生を感じられなかったものは
多くの死によって、自らの生を充電したのではないだろうか?
こんなことを考えているとクラクラして
自分をもきずつける。承知している。
上記のその残忍なかけらは、私のこころの中でもキラッキラッと
反射して存在を知らせてくる。
人のこころをくるむ殻に大小のひびがはいり
生や愛がどうしようもなくのぞく瞬をさがす。
人を生かすのは、生気。あまたの死に
生きのこったものさえ、飲み込まれるわけにはいかない。
ふう。
さらに救いはなくなった。
そうするとジャニーズの子たちはつくづくアイコンに見えて
義援金集めといいながらも、キャーキャーと集まる人は
なんなのか?
それをうけるジャニーズの子は
ファンのことをどう思ってる?
あほかと思うのか、きっかけにして交流を楽しんでいるのか
両方なのか?
これをよしと理解する世の人と、偽善という人といる。
そんなぐちゃぐちゃな思いのなかで
アイコンとしての自分の役割を果たそうと
立っているといったところだろうか。
総体としてはいいことでも、その中に無神経が
たくさんちらばっている。
なら、わたしもぐちゃぐちゃの中で
自分の役割をこじんまりと果たそう。
さらにさらに、人のこころの動きが
変で変でしょうがなくなり
「たいへんな天災をみて、普通のありがたさを知りました」と
当事者でない人がいうのは、相当残酷であるのに
ふかく共感してしまったことを恥じた。
比較対象がなければ、感謝ができないなどどれだけ傲慢なのだ。
でも、そんなことを平気でのたまう大勢が
ワープ級の変化の最中なんだから、この世はなんなんだ!
いったいどんなつくりをしている?
パンドラの箱のふたをあけたとき
最初にたくさんでてくる害虫は善意や何も考えてないきれいな発言で
最後にキラキラでてくるのは歪みとか残忍さではないだろか
とさえ思えてくる。
人は悪いことをして地獄へ行き、閻魔様に舌をぬかれるってのは嘘で
表彰をうけるのが本当かもしれない。
それも神の「システム」にあるにちがいない。
うー、人間やめたい。人間こわい。
海へ悠々と帰るカメが一匹でもいてほしい。
そのひかる甲羅しか思い浮かべたくない。
数万人をしずめて一匹のカメが救われるべき世界がどこかにあるなら
これもかつて読み、いずれかかれる童話となのだろう。
命は人類だけのものでもない。人類がなにをしてもいいものではない。
愛だ、残酷だと声高にいってるうちは、だめだ。
それがあるのは当然なのだから、あるときは表現し、またしずかに受け止めて
自分の役割を果たすのがいい、ジャニーズの子のように。
神はもうあらわれることなどない。
人には十分に考える力と歴史はあるから。
お金でなく、それぞれが得意ななにかを深める
人の救いも、世界の救いもそこにあるのだろうか。